電子書籍を無名でも100万部売る方法 ジョン ロック 小谷川 拳次 東洋経済新報社 2012-12-07 by G-Tools |
タイトルはあざとい印象があり、ビジネス書籍でよくみかける煽り文言のようです。しかし、ジョン・ロックは実際に無名でありながら電子書籍の自著でミリオンセラーの偉業を成し遂げました。
この本は電子書籍を売る実践的な手法にフォーカスして、彼が経験から導き出したノウハウが惜しげもなく紹介されています。無駄な内容には一切ページが割かれていません。著者みずから述べているように、この本は読了後に閉じてしまうのではなく、彼の方法論を実践するためにあります。
とはいえ、ここに書かれていることの真髄がわかるひとは、ソーシャルメディアに親しんできた方、あるいはマーケティングを理解している方ではないでしょうか。彼は作家でありながら本職のビジネスでも成功した優れたマーケターです。これから電子書籍を書きたい、自分の著書で稼ぎたいと企てているライターや作家志望者はもちろん、コンテンツマーケティングやインバウンドマーケティングに携わるマーケターにもおすすめしたい一冊です。
ジョン・ロックは、自分自身の手法を確立するまでに、著作を売るためのマーケティング活動に膨大な時間と2万5000ドル(約200万円)以上のお金を無駄にしてきたそうです。彼が時間とお金をかけたけれど効果がなかった「出版マーケティング」は以下の7つです。
1. 出版マーケティングについて外部の人間に聞く
2. 書店マーケティング
3.新聞取材
4.PR担当者を雇う
5.プレスリリース
6.ラジオインタビュー
7.広告宣伝
一目してわかるのは、これらは広告代理店が展開するマスメディアを中心としたマーケティングであるということです。一方、失敗から学んで彼が展開した手法は、ブログやツイッターなどのソーシャルメディアを軸としたマーケティングでした。広告で幅広い読者を獲得するのではなく、特定の読者にファンになってもらい、作品を継続して読んでいただく、いわゆるLTV(ライフタイムバリュー)に着目した戦略です。
重要なことは「特定の読者に向けて執筆」したことでしょう。ジョン・ロックの強みは、読者に合わせてコンテンツ(作品)自体をプロデュースできるパブリッシャーだったことにあるとぼくは考えています。
コンテンツとマーケティングを一体化させ、ブログやSNSで読者とコミュニケーションして、読者の好みについてテストマーケティング的な調査を行いながら、商品としての著作(コンテンツ)自体を変化させる。たぶん従来の出版社と作家の分業されたスタイルでは、このような一体化した「商品(コンテンツ)開発」はできないでしょう。個人出版あるいは電子書籍だからこそ可能になることです。また、読者を大切にするという意味では、次の言葉は非常に重みを感じました(P.168)。
人は、信頼している人からモノを買う。
ソーシャルメディアを活用するといっても、見え透いた売り込みは嫌がられます。十分な信頼関係が構築されていないうちに利己的なセールスをかけられたら、拒絶したくなる。コンテンツマーケティングの際に最も留意したいことです。
「書籍コンテンツを従業員としてみなす(P.78)」という発想も面白いとおもいました。個人出版自体を会社経営のメタファとして考えていて、社長=作者、従業員=作品という箱庭的な思考が楽しい。自分の生み出した作品が従業員としてみずから顧客を開拓し、読者の反響や売上げをレポートしてくれるという考え方は、売上げや顧客管理を出版社や取次任せにしていたオールドスタイルの作家や出版では思い付かない発想です。
しかしながらジョン・ロックの提示する方法論を実践しようとして、はたと気づくことがあります。それは「コンテンツ」の優秀さです。
ブログによるファン獲得方法の解説で実際に彼が書いたエントリが紹介されているページがありますが、ここで紹介されているエントリが実に味があって上手いのです。こんな風に上手く書けるには、やはり文才が必要。これだけ上手にブログが書けたら電子書籍も売れて当然だなあ、とおもった。
というわけで、コンテンツマーケティングの手法で電子書籍を売るためには、そもそも文才というコンテンツを創造するスキル自体が必要かもしれない、という根本的な問題にぼくは気づいてしまいました。ジョン・ロックの著作が100万部売れたのは、マーケティングの手法に長けていたせいもあるかもしれませんが、そもそも彼に文才があったからともいえます。文才とマーケティング的思考の両方を持ち得た希有な人物だからこそ、ミリオンセラーも実現できたのではないか。
電子書籍が注目されている昨今ですが、ぼくは電子書籍に過剰な夢を抱いていません。けれども、個人もしくはマイクロ規模で情報発信ができ、誰もがメディアとなり得るツールの存在として期待しています。DTPの登場により従来は手が届かなかった活字をタイプすることが身近になり、ブログによって個人のパブリッシングが可能になったように、電子書籍がぼくらの表現の可能性を広げていくと考えています。
まだ黎明期ともいえる電子書籍の時代だからこそ、無名の人間が頭角をあらわすことも可能です。けれども頭角をあらわすひとには条件があり、コンテンツを作成する能力はもちろん、ジョン・ロックのようにマーケティング的なアプローチができること、セルフプロデュースのセンスのある作家が混沌のなかから伸びていきそうです。
ビジネスやプライベートの枠組みを飛び越えて、小説を書きつつ売りさばいたり、広告やPRまで何でもやっちゃうようなスーパーマンが登場する電子書籍の時代。そんな時代の到来と可能性を感じさせる本でした。