広告業界のアドマンのバイブルとして親しまれているジェームズ・ウェブ・ヤングの『アイデアのつくり方』は100ページほどの薄い本ですが、この本で著者は「アイデアは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」と断言するとともに、「既存の要素を新しい一つの組み合わせに導く才能は、事物の関連性をみつけ出す才能に依存するところが大きい」と述べています。
アイデアのつくり方 ジェームス W.ヤング 竹内 均 阪急コミュニケーションズ 1988-04-08 by G-Tools |
また、創造的発想のために組み合わせを多く作るには、まず膨大な資料を収集することが重要であると主張しています。つまり知識や情報の引き出しが必要であり、組み合わせる要素が多いほど、たくさんの組み合わせ=発想ができるということです。
インプットなくしてアウトプットはできません。
発想あるいは文章を書くことは、インプットとアウトプットによる「呼吸」のような活動ではないかとも考えます。息を吐いてばかりでは苦しくなってしまう。だから新鮮な空気を吸い込むことも必要です。
いまぼくは原稿を書きながら、書棚にある本を片っ端から引っ張り出して情報を集めたり、インターネットで検索をかけたりしています。プランナーもしくはアイデアマン、そしてライターであるためには、リサーチャーのスキルも必要です。
とはいえ、なかなか効率的な情報収集はできないのですが、情報収集のコツは「直感」にあります。
この辺りを掘ったら金鉱が出てきそうだという勘どころが、結構大事だったりするものです。では、その直感を身につけるにはどうすればいいかというと・・・・・・これはもう日頃から感性を磨く努力をしておくしかないですね。ローマは一日にして成らず。手間暇をかけずにうまくやろうとしても、そんな要領のいいことはできません。
発想の技術としては、ひとつのキーワードを多様に展開することが重要です。展開方法としては、大きく分けると次のような方法を考えました。
①否定
②同義語・類推
③対義語
たとえば、「いまソルティ(塩味)な商品がブームになっている」というキーワードがあったとします。このキーワードを上記の発想のフレームに当てはめると次のようになります。
①塩味はブームではない。
②塩麹が流行っている。ソルティライチ、ソルティレモンという商品がある。
③甘いもの、辛いものが流行っている。
対義語はちょっと厳しいかな、という感じですが、「感性の時代」というキーワードがあったとすれば「論理の時代」というキーワードを生み出すことで発想を広げます。
要するに仮説思考で考えるということで、合っているかどうかは気にしないでください。ブレインストーミングの要諦として、アイデアを否定しないということがありますが、思考のフレームを道具として使い、とにかく発想をストレッチするわけです。
もう少し踏み込むと「レトリック的発想法」もあります。
レトリックは修辞技法と呼ばれる文章の表現技術ですが、これを発想に応用します。やや専門的になりますが、レトリックの一部には次のようなものがあります。
①直喩(シミリー):「~のように」と明示する比喩。
②隠喩(メタファー):明示しない比喩。
③換喩(メトニミー):属性などで代用する比喩。
④提喩(シネクドキ):全体と部分、上位概念と下位概念を置き換える比喩。
よくわからないですね。例えば「リンゴ」を使って、上記の比喩による例文を挙げると次のようになります。
①直喩:夕焼けの色のようなリンゴ。
②隠喩:リンゴのほっぺた。
③換喩:リンゴのコンピュータ(アップルのMacintosh)。
④提喩:秋の味覚を食べる。
最もわかりやすい比喩が直喩で「のような」という言葉を使っています。
隠喩の例は、頬の赤さをリンゴに喩えていて、このときに「リンゴのような」とすると直喩になりますが「のような」を使わない隠喩はより洗練された表現になります。
換喩は、ロゴマークを製品に置き換えています。「村上春樹が好きだ」という表現も換喩で、厳密にいえば村上春樹の小説が好きだということですが、作者で作品を置き換える表現になっています。
提喩は、「秋の味覚」といえば梨やぶどうや栗などもありますが、その全体を表す言葉でリンゴという個別なものを表現しています。
このレトリックをどのように発想に応用するかというと、例えば色や匂いなどの属性で異なったものを結びつけたり、全体を部分で置き換えたりすることで発想を拡げることができます。
例として村上春樹さんを挙げましたが、彼の小説はレトリックの宝庫です(という表現も隠喩:メタファーなのですが)。文学に親しむことも発想を拡げて感性を磨くためのエクササイズになります。
KJ法など発想法の古典的な手法もありますが、手法も大事だとはいえ、とことん考え抜くことが発想力を鍛えるためにはいちばん大切なことかもしれません。
哲学者や発明家には、寝食も忘れて考え抜いたあと、ふっと気が抜けた状態のときにアイデアが生まれるというエピソードが多くあります。トイレやシャワーを浴びているときに、ひらめくことが多いようです。緊張と弛緩のほどよい関係の中からよいアイデアが浮かぶのかもしれません。
(外岡 浩)